東京高等裁判所 昭和42年(行ケ)95号 判決
一 前掲請求の原因のうち、本願発明につき、特許出願から明細書及び図面の訂正案の提出を経て審決の成立にいたる特許庁における手続、出願公告及び訂正案における各特許請求の範囲並びに審決の理由に関する事実は当事者間に争いがない。
二 そこで、右審決に対する取消事由の有無について審究する。
(一) 成立に争いのない甲第一四号証の一、二(訂正案の明細書及び図面)によれば、訂正案による本願発明は前記特許請求の範囲のとおり構成されるものであることが認められるとともに、右特許請求の範囲にある「分岐点」とは線路導体の中心線が交叉する点をいい、「分岐点近傍に配置したフエライト又はガーネツト素子」及び「その一部が分岐点近傍の線路導体外にはみ出るような関係に配置される」とあるうちの「分岐点近傍」とは右の意味における分岐点からの垂直方向又は水平方向における距離が右分岐点から近い範囲のものであることをいうものと解され、また、弁論の全趣旨によれば、分岐点からの分岐路の放射状の分岐は対称のものと非対称のものとを含むものであること、線路導体及びこれと平行関係で離隔する少なくとも一個の地導体からなる伝送線路は超高周波伝送のストリツプ線路形式のものとして本願出願前周知であることが認められる。そして、更に、前出甲第一四号証の一、二、特に、「第一図に示す如き三分岐ストリツプ伝送線路において各分岐路の相互のなす角をそれぞれ一二〇度とし、地導体間隔を一二・七mm、各分岐路の線路導体の巾Wを一四mm、厚さtを一・五mmとし、特性インピーダンスを約五〇Ωに選定し、分岐点に配置したガーネツト素子の直径Dを二〇mm、厚さTを二・三mmのものを、各地導体面に直接良熱伝導性を有するような接着剤で接着せしめたものを周波数二八〇〇Mcにおいてその伝送特性を示せば、第2図に示す伝送特性が得られる。……すなわち、ガーネツト素子に加える磁界を調整することによつてA点に示す磁界の値で分岐路(1)より分岐路(2)に伝送する伝送損失は最少となり、分岐路(1)より分岐路(3)に伝送する損失は最大となる。」、もちろんこれらの伝送特性は使用波長に対してフエライト又はガーネツト素子に与える磁界の方向を逆にすれば全く逆方向の伝送特性となり、また、その磁界の値は、地導体相互の間隔h、線路導体の幅W、厚さt、及び保持誘電体の厚さdによつて最適の値があることが判明した。」との記載に徴すれば、訂正案による本願発明においては、素子の径及び厚さ、周波数、磁界の値等は相互依存の関係にあるが、フエライト等の素子の一部を分岐点近傍の線路導体外にはみ出るような関係に配置する構成をとる場合においても、周波数を特定のものに選定し、また、磁界の値を調整すること等によつてはじめてすぐれた非可逆特性が得られるものであることが認められる。
(二) 一方、引用例に右審決の前記理由中における認定のような各種形式の導波管サーキユレータについての構成、調整方法等及びストリツプ線路形式によるサーキユレータ実現に関する記載があること(但し、導波管サーキユレータにおいてフエライト素子が分岐点に近接して配置されているとの点を除く。)は当事者間に争いがないが、成立に争いのない乙第一号証の一、二(引用例、甲第五号証の二も同じ。)によれば、引用例において、フエライト素子は分岐する導波管の中心線の交叉点の回転対称軸上、交叉点に接近して配置されていることが認められるとともに、引用例は矩形導波管、ストリツプ線路、同軸線路のいずれの形式の線路にも妥当する対称サーキユレータに関する一般理論として、サーキユレータの許容しうるすべての対称構造を分類し、任意の線路形式と任意のn端子対称のサーキユレータにつき、サーキユレータとして充足すべき条件を統一的に明らかにし、調節される分岐回路の固有値がこのサーキユレータ条件を満足するよう調節されたとき所望のサーキユレータ作用が得られること、摂動法の形式には管壁の変形並びに分岐回路中への等方性及び異方性材料の設置があることを明らかにし、かつ、固有値と摂動項との函数関係を定式化することによつて調節の方向について指針を示し、更に右一般理論の導波管による星形分岐回路サーキユレータ等に対する適用を詳説し、これと同様の仕方により、ストリツプ線路等においてもn端子サーキユレータを実現しうる、と論じていること及びフエライト素子挿入による損失及び分岐路の非対称の分岐の点についても、事実摘示中、被告指摘の前掲記載があることが認められる。
(三) 進んで、訂正案による本願発明にかかるストリツプ線路による超高周波非可逆伝送装置を引用例の以上の記載と対比すれば、当業者が引用例の記載及びその示唆に基づいて、円形のフエライト素子を、その中心が回転対称軸上、分岐点に接近するように配置し、磁界装置により右素子に線路を横切る方向の磁界を賦与させた導波管によるn端子対称サーキユレータと同様形式のサーキユレータを訂正案による本願発明に用いるストリツプ線路をもつて構成すべく企図し、良好な非可逆特性の得られる条件を実験的に探求して右企図を達成することは容易であると考えられ、その場合、訂正案による本願発明の「フエライト又はガーネツト素子は、その一部が前記分岐点近傍の線路導体外にはみ出るような関係に配置される」という構成は引用例に示された調整の方法に基づき周波数、バイアス磁界等との相互関係における右素子の径を実験的に求めることにより得られた結果であるということができ、そのような構成による超高周波非可逆伝送装置が右発明の構成要件のすべてを具備するものであることは明らかであるから、右発明は引用例に基づき当業者が必要に応じて容易に推考しうるものというべきである。
(四) 原告は、引用例と訂正案による本願発明とでは発想を異にするから、前者から後者に到達することはできない旨を主張するが、引用例は、前記のような記載自体から明らかなように、円偏波の発生及び利用を直接的かつ顕在的に取扱うことなしにサーキユレータの理論を説明しているところに特徴があり、これに記載の導波管サーキユレータも、原告主張のように、導波管壁にすでに発生している円偏波を利用するという技術思想に基づくものではない。これに加え、成立に争いのない乙第三号証の一ないし三によれば、テルソン透磁率をもつ媒質中のマイクロ波には常に円偏波磁界が伴うものであるが、このことは本願出願前から当業者に周知の知識であつたこと、したがつて、ジヤイロ磁気材料の配置及び直流バイアス磁界の印加なしには円偏波磁界が存在しえない場合においても、右材料の配置及び右磁界の印加自体によつて新たに同偏波磁界を発生させ、この現象を基礎としてサーキユレーシヨン作用を生起させることが可能であつたことが認められるから、本願出願当時、右周知の知識を有する当業者が引用例の示唆に基づいてストリツプ線路サーキユレータの実現を企図することには何らの妨げもなかつたものと推認される。そしてまた、成立に争いのない丙第一号証に徴すれば、本願出願後においては、引用例の理論はストリツプ線路サーキユレータにも妥当することが確認されたことを認めることができるから、右出願前においても当業者が前記企図のもとに引用例の示す指針に従つて実験を重ねれば、訂正案による本願発明のストリツプ線路サーキユレータに到達しえたものと考えられる。なお、前出甲第一四号証一、二によれば、本願発明の訂正案の明細書中「分岐路の一つより分岐点に向つて電磁波が伝送された場合に分岐点においてその進行方向が変化するため円偏波勢力を発生し、」というのは、文章の成り立ちからして、「然るに、外部磁界にバイアスされたフエライト又はガーネツト素子が分岐点に配置されているから、」の文節に続けて読むべきものであるから、ストリツプ線路の彎曲部における円偏波の発生に関する原告主張の知見を表すものとは解されず、右明細書中、他には右知見を表わすものと認めるに足りる記載がないのであつて、訂正案による本願発明の構成が右知見とどのようにかかわるのか、特にフエライト等の素子が線路導体外にはみ出るように配置されれば、すぐれた非可逆特性が常に得られるものかその間の消息については右明細書からこれを窺うことができず、右知見をもつて訂正案による本願発明の容易推考性否定の根拠とすることはできない。してみると、結局、原告の前記主張を採用して前記判断を覆すべき理由はない。
(五) 以上の次第で、訂正案による構成の本願発明が引用例から容易に推考できることを理由に、訂正命令を発しなければならないものではないとし、右命令を発することなくしてなされた本件審決に原告主張の違法を認めることはできない。
三 よつて、本件審決の違法を主張してその取消を求める原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却することとする。
〔編註〕 特許請求の範囲および審決理由は左のとおりである。
(特許請求の範囲)
本願明細書の出願公告及び訂正案における特許請求の範囲はそれぞれ、次のとおりである。
(一) 出願公告にかかるもの
線路導体と該導体に平行関係で離隔する少なくとも一つの地導体を具備するストリツプ伝送線路において該線路導体上の一つの分岐点において三つ又はそれ以上の分岐路を設け該分岐点に近接してフエライト又はガーネツト素子を配置し該素子に線路を横切る方向の磁界を賦与せしめることを特徴とする超高周波非可逆伝送装置。
(二) 訂正案によるもの
一つの分岐点から放射状に分岐する三つ又はそれ以上の分岐路を持つ線路導体と、該線路導体と平行関係で離隔する少なくとも一個の地導体と、前記分岐点近傍に配置したフエライト又はガーネツト素子と、該素子に線路を横切る方向の磁界を賦与する磁界装置とを具備し、前記フエライト又はガーネツト素子は、その一部が前記分岐点近傍の線路導体外にはみ出るような関係に配置されることを特徴とする超高周波非可逆伝送装置。
(審決の理由)
右審決は次のように要約される理由を示した。
本願発明の要旨は右二の(一)のとおりに認められるが、本願出願に先立ち昭和三四年七月三一日特許庁資料館に受入れられた米国雑誌“IRE Transaction on Microwave Theory and Techniques”vol. MTT―7一九五九年四月号二三八頁ないし二四六頁(以下、「引用例」という。)には、主として、分岐点において軸対称な三つ又はそれ以上の分岐路を設け、右分岐点に近接してフエライト素子を配置し、この素子に線路を横切る方向の磁界を加えるようにした各種形式の導波管サーキユレータについて、その構成、調整方法等が記載され、特に、二三九頁左欄上から四一行目ないし四三行目及び二四六頁左欄上から四三行目ないし末行には、それぞれ、「ついでながら、導波管という用語は同軸線路、ストリツプ線路などのようなTEM構造を含むように解される。」という趣旨の記載及び「合成法の応用は導波管の分岐回路に限定される必要はない。例えば、三端子対星形サーキユレータはフイン線路導波構造のH面Y分岐回路の形で実現されるであろう。このような構造は相当する矩形導波管よりも大きな帯域幅を持つことが期待されるであろう。そのうえ、要求されるフエライト材料の体積はマイクロ波電磁界の局部化に基因して減少されるであろう。その調整手続は矩形導波管で上述した概略と同じであろう。同様な様式で三端子対サーキユレータがストリツプ線路か、同軸Y分岐回路かの形式で実現されるであろう。」という趣旨の記載がある。
そして、原告(抗告審判請求人)は、抗告審判請求理由補充書において次のように主張するとともに、これに対応するように、本願発明について前記二の(二)のような特許請求の範囲の訂正案を提出した。いわく、本願発明は線路導体とこれに平行関係で離隔する少なくとも一個の地導体とからなるストリツプ伝送線路で構成されたサーキユレータであるのに対し、引用例に記載されたサーキユレータは導波管によるサーキユレータであつて、両者は別個の技術内容に属し、構造的にも全く相違する。すなわち、本願発明のようにストリツプ伝送線路を用いてサーキユレータを構成する場合には、引用例のように単に分岐点に円柱形フエライト素子を軸対称に配置し、これに直流磁界を加えただけでは良好な特性のサーキユレータを得ることができず、ストリツプ伝送線路を構成する線路導体と分岐点近傍に配置されるフエライト素子とが、例えば、本願明細書三頁四行目ないし一〇行目に記載されたような寸法の関係に、これをふえんすれば、分岐点近傍に配置されるフエライト又はガーネツト素子の一部が右線路の垂直方向から眺めた場合に、分岐点近傍の線路導体の端縁から外方にはみ出るように配置されるという特定の関係が存在して初めて良好な特性のサーキユレータを得ることができるものであるが、フエライト又はガーネツト素子がさような関係に配置されることはサーキユレータの特性改善のため必須の要件であり、本願発明が初めて明らかにした技術である。そして、フエライト素子と線路導体とのさような配置に関する技術は、引用例のものが導波管で構成されるサーキユレータであり、導波管なる言葉がストリツプ伝送線路、同軸線路などを含み、これらの線路においても導波管の場合と同様の方法によりサーキユレータを構成できる旨の引用例における記載から、当業技術者が容易に推考しうるものとは到底考えられない。したがつて、本願発明はその要件が引用例のものに具備されていないから、引用例の存在にかかわりなく、新規な発明であると考えられ、「引用例にはストリツプ伝送線路で構成できることが示されている」という理由だけで、その出願を拒絶した原査定には承服することができないと。
なるほど、引用例のサーキユレータは導波管によるものであつて、本願発明とは構造的にも相違するものと認められるが、引用例には、このようなサーキユレータはストリツプ伝送線路によつても実現されると述べられるとともに前記のような示唆の記載もあるので、これらに基づけば、引用例のように分岐点に近接してフエライト素子を配置し、これに線路を横切る方向の磁界を賦与させた導波管によるサーキユレータと同様形式のサーキユレータをストリツプ伝送線路をもつて構成すべく企図しかつ試作して、試行錯誤により諸条件を種々変化し良好な特性の得られる条件を実験的に探求することは適宜行いうるところであつて、本願発明において分岐点近傍の線路導体の端縁から外方にはみ出るようにフエライト又はガーネツト素子を配置する点はさような試行錯誤によつて得られる結果にすぎないから、本願発明は到底、旧特許法(大正一〇年法律第九六号、以下同じ。)第一条にいう発明には該当せず、訂正案とて変わりがない。
要するに、本願発明は引用例の記載内容から当業者が必要に応じて容易に推考しうるところであるから、本願は拒絶すべきであり、これについて訂正命令を発しなければならないものでもない。